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ツアー登山と遭難

 旅行会社主催のツアー登山での事故の話が多くなっていますが、私も以前参加したツアーでこんな体験をしました。

 ツアーは有名山岳ツアー会社の主催で、某山岳雑誌が後援している○○登山教室と名称のついたツアーでした。
 なぜ、ツアーに参加したかというと、周りに登山をする者がいなかったため、全て自己流でした。その前年の7月中旬に立山・剣・真砂沢・仙人池・阿曽原・欅平の一般登山道の縦走を3泊4日1夜行で行い。登山シーズン前の一般登山者の下りていない剣沢を下っていきました。雪渓には踏み跡がなく陥没気味でいつ落ちてもおかしくない状態に感じられたし、シュルントの中に登山道があったりと恐怖の連続でした。そこで、登山教室であれば登山のノウハウを教えてくれるものと思い参加を検討しました。

 行程は、初日に折立に集合をし、その日は太郎平小屋で宿泊。二日目は黒部五郎岳を登頂後黒部五郎小舎で宿泊。三日目は三俣蓮華岳、鷲羽岳を登頂後双六岳経由で双六小屋で宿泊。最終日は鏡平経由で新穂高温泉へ下山でした。

 募集要項には上級コースと書かれており、参加するのは厳しいかと思いましたが、行程を調べると私でも十分参加に耐えうるツアーと思い参加を決意しました。

 参加前日に自宅からマイカーで新穂高温泉へ行き、車をデポした後、高山まで定期バスで下り、JRで富山に行き駅前のサウナ風呂で宿泊しました。

 初日は、折立集合ということで、富山地鉄の始発で有峰口へ行き、ここからバスで折立へ向いました。折立で参加者が一同に会したのですが、なんと中高年の登山隊で私が一番若く次に若いのが10歳ほど年上の京都の和尚でした。諸注意を聞いた後、いよいよ登山開始です。先頭にツアー会社のアルバイト、最後尾にツアーリーダーと雑誌社からのお目付け役が付きソロソロと登り始めます。私はこのときはまだ緊張感があり、真面目に隊の中間を歩いていました。歩き始めて1時間ほどで最初のアクシデント。参加者の一人が体調が悪いとのこと。原因は寒さ対策のため温シップを貼っていたが、逆に体温が上昇してしまったとのこと。この瞬間、ツアーに高い料金を払って参加したことを後悔するとともに緊張感が切れてしまい、最後尾からウダウダと無気力状態でついて行くことになりました。
 昼食は、森林限界を超え石畳状の登山道で食べました。午後もスピードが上がらずノロノロ状態で、途中から一人が脱落しかけたため、ますます遅くなり太郎平到着は午後3時頃だったと思われます。
 ツアーリーダーはここから薬師岳まで夕食までには入ってこれるといっていましたが、とてもそんな気分にはなりませんでした。

 二日目は、午前7時頃スタートです。小屋を出発した後、30分ほどで後方から山岳警備隊の隊員がテルモスをもって追いついてきました。どうも我が登山隊の忘れ物のようです。皆さん隊員のスピードに感心していたようですが、それよりも「高価なテルモスを忘れるなよな!」
 北ノ又岳付近で、前日脱落しそうだった参加者がストックの調子が悪く文句を言っている。不良品を売ったといって怒っていたが私が見たところ異常はなく、使い方を知らなかっただけである。そうすると今度は店員が教えてくれなかったと文句を言う。それよりも「山へ持ってくる前に使ってみろよな!」と声を大にして言いたかったが隊の和を乱してはいけないので黙っていました。
 本日もノロノロの状態で、黒部五郎岳は当初の予定は稜線歩きとのことであったが谷歩きに変更となった。そして予想通り脱落者が発生し、真面目で早く歩ける組と遅くてグレている組の二組に分かれて黒部五郎小舎へ向いました。この時点で、先行組にサブリーダー、グレ組にリーダー及びお目付けが付き進んでいた。ところが、先行組で足を痛めた者がいたためリーダーが先行してしまいグレ組は本当に不良集団化してしまった。リーダーが故障者に追いついた時点で、隊は3分割されており、先行組にサブリーダー、故障組にリーダー、グレ組にお目付けが付くという状態でした。故障組にグレ組が追いつけなかったということは、本当にグレていたということです。そのうち、故障組から道に迷ったとの無線が入り、グレ組より私が捜索に向かい無事救出?、故障組とグレ組はそろって黒部五郎小舎に到着しました。

 三日目、昨日の故障者はヘリコプターで下山ということで、私たちが出発した後ヘリが飛んできて下山していきました。後で連絡があり、骨折だとのことでした。この時点で、自力で下山できなかったということで「遭難」したということでしょう。
 本日は、サブリーダーのすぐ後ろに脱落常習者を配置し、一団となって進んでいきます。三俣山荘に到着後、先に鷲羽岳に向ったか後だったか記憶にありません。三俣山荘の伊藤氏は立派な方ということですが、山小屋訴訟の問題では私は氏とは考えを異にしていますので、山荘内に入って休息するのをた
めらいましたが、一人だけ外にいる訳にはいかないのでちょっとお邪魔しました。山荘内には伊藤氏もおられました。氏はゴミを置いていってもいいと言ってくれましたが、魂を売ってしまいそうでしたので一人持ち帰りました。
 ここから先も相変わらずノロノロで当初の予定では双六岳経由であったが、遅くなってしまうということで山腹経由となってしまいました。山腹をノロノロと進んでいたときであったが、いきなりサブリーダーが一人でどんどん先行してしまった。脱落常習者は道に座り込み文句を言っている。この時点で午後4時近くであり、他の参加者も疲れてきており危険なため、脱落常習者・和尚・リーダーと私以外の方には先行してもらいました。脱落常時者はブツブツ文句をいっており、サブリーダーは切れてしまい先に行ってしまったようです。学生にはちょっと重荷過ぎましたかね。こちらは、脱落常時者をなだめすかしながらボツボツと進みます。この常時脱落者は会社を経営している女社長のようで、私に「あんたいい人ね」などと言っていたが、「お世辞言うなら金おくれ」とでも言いたかった。あたりが暗くなり始めた頃、ようやく小屋に到着です。到着と同時に土砂降りとなり間一髪でした。

 最終の四日目、脱落常時者はリーダーの判断でリーダーと二人で行動することとなり、隊は別行動をとりました、この四日間閑で足腰が生ぬるくなっていた私は、先頭付近に位置し、煽ったため相当スピードを上げましたが、秩父沢のガレ場で転倒者が出たため小心者の私は煽るのを止め、再び後方に下がって歩きました。お昼近くに新穂高温泉に到着し入浴後帰宅しました。

 今回のツアーのリーダーは、某冒険家の奥さんであり、結構有名なようでした。また、常時脱落者は、前回も問題を起こしたようで、「金を払っているのだから、あんた達は私を頂上に連れて行く義務がある」と言っていたようです。私に言わせれば、「テメエノおかげで双六岳に登れなかったのだからツアー代金をてめえが払え」とい言いたいところです。

 初めて参加したツアーの教訓は、ツアー会社の示しているレベルは当てにならないということ。つまり、上級コースといっても初心者が含まれており、会社のほうでは参加者のレベルまでは確認できないようです。また、団体行動では、一人にトラブルがあると全員に影響してしまうということでした。

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