与那国島(1日目)

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実施日:1月20(土)〜23(火) 参加者:山出・湯殿
行程:19日(金)〜20日(土)自宅〜羽田空港〜石垣空港〜与那国空港〜島内周遊〜祖納(泊)
    21日(日)祖納〜久部良岳〜アヤミハビル館〜宇良部岳〜祖納(泊)
    22日(月)祖納〜久部良港〜海底遺跡〜久部良港〜与那国空港〜石垣空港〜那覇(泊)
    23日(火)那覇〜首里城〜DFS〜国際通り〜那覇空港〜羽田空港〜自宅
 いよいよ日本最西端の島を攻略する時がきた。羽田の駐車場までは一般道をひた走り、高速代を稼ぐ。心配していた環状八号線の渋滞も無く、予定より1時間早くイエローパーキングに到着である。

 羽田空港はまだ早朝なので人影もまばらである。石垣行の直行便は以前はJTAとANKが早朝に1便づつ飛ばしていたが、ANKが撤退したようなのでJTAのみである。両社の飛行機に乗ったことがあるが、それなりの乗客がいたので撤退とはどうしたことであろうか。

 石垣までは3時間30分の飛行であるので国際線に乗らない山出としては結構な長旅であり、既に8時の段階でゲンナリである。眼下も雲か海ばかりで陸地が見えないのでどこを飛んでいるか判らない。もっとも陸地が見えるとすぐ爆撃したくなるので陸地が見えない方が良いのかもしれない。石垣空港にて与那国行に乗り換えであるが、一旦外へ出なければならないので、再び手荷物検査を受けなければならず面倒である。
 石垣空港を飛び立つと、竹富、黒島、小浜、西表の各島がよく見える。以前横断した西表の浦内川も上流までよく見える。与那国空港には西側から進入するが、与那国島の西の海上は防空識別圏が台湾にあるので飛行計画書の提出がないと、台湾から戦闘機が飛んでくるとの話を聞いたことがある。
 与那国空港与那国空港はタラップを降りると、てくてく歩いてゲートまで行くのがなかなか楽しい。今回は石垣空港も徒歩であったが、間に飛行機があると短距離でもバスに乗らなければならず、何かもったいないような気がする。荷物を受け取ると迎えの車に乗り宿へ直行である。
今回の宿泊はホテル入船である。旅行の手配はネクサスツアーにお願いし、宿はホテル入船を指定したら満室ということで他の宿に変わっていた。この宿はネット上で芳しくない旨の書き込みがされていたので出発日を変更してまでホテル入船にこだわった。これでこの宿が悪ければゲンナリである。問題のレンタカー

宿の場所は集落から外れているところだと思っていたら、集落の中であった。鉄筋コンクリート3階建てで、雰囲気としては沖縄離島の宿としては上等である。翌日に予定していたジャックスドルフィンが都合により欠航するので1日ずらしてもらいたい旨の連絡があり承諾する。もっともこちらの件も、ネットで書き込みがあり出航キャンセルが多いとのことであったので折込済である。与那国島での予定は初日に到着後宿の周囲を散策し、翌日午前中に船に乗り、午後は島内を1周走る。3日目はまた宿周辺を散策の予定であった。船が3日目にずれたので、レンタカーを借りて島内を荒らしまわることにした。

この借りたレンタカーはDrコトーの撮影時に時任三郎氏と大塚寧々氏が使ったということである。車の左後にぶつけた痕があり、これは時任三郎氏がぶつけたものであろうか。レンタカー屋で解説が無かったということは違うということであろう。
 時刻はお昼近くであったので、久部良にある「ユキさんち」でカレーを食べる。今日のカレーはチキン系であったが、細かい骨があり閉口した。島とうがらしは辛いので注意してくださいとのことであったが、自称辛味王である山出は半分くらいかけたが辛すぎてむせてしまった。これは山出のミスである。どこかのおっさんが今日は全部かけたと自慢していたが、おっさんの肛門が腫れないことを祈るのみである。
日本最西端の碑昼食のセットで出たグレープフルーツジュースが大量にあったせいか(全部飲んだ私が悪いのであるが)、腹の調子が悪くなり久部良港の公衆便所に行ったがあまりの汚さに引っ込んでしまった。公衆便所の周りにも犬糞がゴロゴロしており、この地域の方々の意識が低いということであろうか。

この後、久部良バリに出かけたが、碑の周りにDQN系の方々が数名いて雰囲気が悪かった。結局久部良バリはどこにあるか判らなかった。というより再び腹の調子が悪くなり探すどころではなかったのである。
続いて日本最西端の岬である西崎に向かう、既に便意は限界に近づいている。いざとなったら周囲に転がっている牛糞に紛れてしてしまうということまで考えたが、天は山出を見捨てず、岬の駐車場に公衆便所があった。そして日本最西端の公衆便所で下痢をしたのである。ちゃんとトイレはきれいに使いましたけれど。
西崎は展望台が工事中である。日本最西端の碑の周りには女DQNがいて記念撮影の邪魔をする。記念撮影の場所は写したらさっさと次の方に空けるのが礼儀である。気を使う能力も無いのである。多分この連中は島外の連中であり、島内の方々はこんな連中を相手にしなければならず大変である。
 続いては島の東端に向かう。途中比川の集落に行くと、Drコトーのオープンセットがあるとのことなのでとりあえず行くことにする。
オープンセット島の観光名所はそれほどあるわけではないので、行く先々で同じ方と会うことになる。砂浜でヤドカリの相手をした後、オープンセットに行く。古めかしく作ったということでなかなか立派テキサスゲートに作ったものである。

更に東に向かう。牛が路上にまで出ていて、車道も歩道も牛糞だらけである。路上に黄色い印があるとテキサスゲートである。テキサスゲートは牛馬がこれを越えて移動できないようにする施設である。湯殿が「何でテキサスゲートというのか」と質問してきたので「テキサスにあったから」と答えた。実も蓋も無い答えである。

東崎に到着すると前方をフェリー与那国は航行中であった。波が荒いので結構酔っている方もいるのではないか。東崎も牛の糞で覆われており景色を見ながら歩くと牛糞をむんずと踏むことになる。牛糞にきのこが生えているのが印象的であった。ここで一旦宿へ帰る。浦野の墓地に入ると突然道が無くなり慌てる。
 本日はほぼ徹夜の行軍であったのでしばし昼寝である。沖縄の夜は遅いので4時過ぎに再び行動開始である。明日、日本最西端の山崎原商店である久部良岳へ登るための道探しである。与那国島の案内マップには登山口が示されていない。もっとも与那国島への観光客はほとんどがダイビングであり、山屋などは与那国馬より稀少なのであろう。見当をつけて車を走らせる。久部良の信号を左折し比川方面に登っていくと、左手に久部良岳の看板がある。道を左に曲がりどんどん走り、約1.7キロ位で右に入る道がある。そこは広くなっているのでここに車を止めて歩けばよさそうである。本日の車行軍はここまでで宿に戻る。ふくやまスーパー

いよいよ本日の楽しみである買出しである。宿の隣に崎原商店があり、ビールを購入する。つまみ類も購入する。本土よりかなり高めであるが仕方の無いことである。その後なぜか再び外出し、今度は町役場の近くの福山スーパーに足を踏み入れる。この店は与那国町最大の店のようである。今日はフェリーも入港したので生鮮食料品もあるようで主婦層の方々が品定めをしていた。昨年は西表島の上原にある川満スーパーにお世話になったが、人口は与那国島の方が多いが商品については川満スーパーの方がありそうである。西表島も与那国島も商品は石垣島から運んでくると思われる。与那国島は週2便のフェリーが生命線なので苦しいところである。
夕食後、ビールをがぶ飲みし寝た。夜も毛布1枚に窓全開で寝たが暑かった。
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